作品のコンセプト自体、「真性M男優がいないから素人を育成」というのは興味を引くが、いかんせん「ドキュメントタッチ」と称する長期撮影の過程が、果たして作品としての完成度や緊迫感にどれほど寄与しているのか疑問だ。真咲監督のナレーションや介入が、むしろ作品の没入感を削いでいるように感じられ、AVとしての純粋な「興奮」より、やや作為的な「演出」が前面に出過ぎている印象は否めない。
星宮一花の演技については、確かに上品でスタイルも良く、従来のM女役とは異なるS女的立ち回りに新鮮さはある。しかし、「漫才のような構成」や「コミカルなAV」というレビューにある通り、時に作品のテンポや雰囲気が軽妙すぎて、痴女作品に求める背徳感や緊迫した主従関係のエッセンスが薄まっている部分があった。奔放な言葉遣いやカメラ目線も、時として「演技」を意識させてしまい、自然な痴女の圧倒感という点では物足りなさを覚える。
男優(フランクフルト林)について、「素人」、「劇団ひとり似」と評される点は、確かに一般視聴者にとっては親近感や「羨ましい」という感情を引き出す要素かもしれない。しかし、プロの男優ではないことによる演技やリアクションの拙さ、特にM男としての「変態チックな責め」への変容過程が、脚本や編集によって補われている感が強く、どこまでが真の意味での「育成」なのか、やや疑わしく感じた。また、レビューで絶賛される身体能力や特長についても、作品の画質が暗い中では必ずしも十分に伝わってこなかった。
プレイ内容については、ソフトな調教痴女ものと評され、確かに騎乗位や手コキ、淫語などのフェチ的要素は盛り込まれている。しかし、「ハードなプレイがある痴女ものではない」という点が、逆に物足りなく感じる視聴者もいるだろう。じわじわとした責めは圧巻とも取れるが、エスカレートしていく過程や最終的な主従関係の決着に、もう一つのインパクトやカタルシスが欲しかった。様々なプレイを網羅しているが、いずれもやや中途半端で、どれもが「最高」と言い切れるほどの描写にまで深化しているとは言い難い。
総合的に見て、コンセプトの面白さや星宮一花という女優の魅力で作品を持ち上げている感は否めず、痴女ものとしての核心的な面白さ、つまり女性優位の関係性から生まれる緊張感と興奮、そしてその関係性がプレイを通じてどう崩壊または完成していくのかというドラマ性については、期待していたほどには描き切れていないと感じた。星宮一花のファンや特定のフェチを強く持った層には楽しめる部分もあるかもしれないが、痴女ジャンルそのものの深みやエッジを求める視聴者にとっては、やや物足りない、散漫な作品に終わっている印象だ。









